〜人と人の間をつなぐこと、そして人と社会的資源をつなぐ〜
つなぎモデルとは当下山研究室の根幹となるコンセプトです。私たちは、人と人の間、そして人と社会的資源の間に存在する「つなぎ」に着目し、研究活動を行っています。以下の3つの大きな方針を持ちます。
個人と社会を「つなぐ」
個人システムは、家族、学校、職場、地域といった社会システムから独立して存在しているのでもありません。むしろ個人は、社会システムの下位システムとして成立しています。個人システムは、行動、特にコミュニケーション行動を通して社会システムと関係しながら生活しています。したがって、個人の“こころ”は、行動を媒介として社会と相互に関連し合うことで成立しています。
“こころ”を関係態として理解するならば、“こころ”は、人々との関係のなかにあることがみえてきます。つまり、個人の心理的次元は、一方で生理的次元と重なりつつ、他方で行動的次元を介して社会次元を生きています。それが、現実を生きる人間の“こころ”の在り方といえます。そのような観点に立つならば、心理的問題とは、関係態としての心理機能が損なわれている事態として理解できます。
したがって、心理的問題の解決の援助を行う場合、単に心理的次元に介入するだけでなく、他の次元との関係に介在し、そのつながりの在り方を調整する方法が重要となります。特に現実生活と関連して生じてきた問題に関しては、“こころ”を個人のなかにあるものとして分析するのではなく、個人と社会の間にある関係態とみなし、個人と社会のつながりを調整する方法が重要となります。
メンタルヘルスの中心テーマである精神障害や心理的問題を理解する場合、それが生じてきたコンテクストや環境を考慮に入れる必要があります。そのようなコンテクストや環境を含めてメンタルヘルスの問題を理解していく枠組みとして重要となるのが、生物‐心理‐社会モデル (bio-psycho-social model)です。
これは、単にメンタルヘルスの領域のみを対象としたものではなく、病気と健康をテーマとする領域全体を対象としたものです。医療領域においては、長期間にわたって疾病の生物医学モデルが支配的でした。Engel(1977)は、このような生物医学モデルに対抗して生物‐心理‐社会モデルを提案しています。
生物的要因には、神経、細胞、遺伝子、細菌やウィルスなどが挙げられます。最近では、脳科学の進歩によって脳神経が重要な要因として注目されています。いずれにしろ、これらの生物学的要因に対しては、生物学、生理学、生化学、神経・脳科学などから得られた医学的知見に基づき、手術や薬物治療などの生物医学的アプローチが採用されることになります。
心理的要因については、認知、信念、感情、ストレス、対人関係、対処行動などが挙げられます。最近では、認知心理学の発展によって、その人が自己の健康状態(病気を含む)や行動をどのように受け止め、自分の行き方をどのように考えているのかという、認知の重要性が注目されています。これらの心理学的要因については、心理療法や心理教育によって自己の病気や環境に適切に対処できるように認知(考え方)や行動の仕方を改善していく心理学的アプローチが採用されることになります。
社会的要因については、家族や地域の人々のソーシャルネットワーク、生活環境、貧困や雇用などの経済状況、人種や文化、教育などが含まれます。これらの社会的要因に対しては、患者を取り巻く家族のサポート、活用できる福祉サービス、経済的なものも含めての環境調整など社会福祉的アプローチが採用されることになります。
研究と実践をつなぐ
実践性を重視する実践的研究と科学性を重視する心理学研究は、どのような関係をもつのが望ましいのでしょうか。ここで留意しなければならないのは、実践的研究は大別して2種類のあり方があるということです。
ひとつは、現実に介入する実践を行いながら研究するあり方です。これは、「実践を通しての研究」であり、純粋な実践型研究です。この場合、実践者が同時に研究者となります。それに対して研究者が実践活動そのものから離れ、実践活動を客観的対象として研究するあり方があります。これは、「実践に関する研究」であり、準実践型研究といえるものです。この場合、研究者は、実践者と異なる立場に位置し、実践活動を実験型研究や調査型研究によって科学的に研究するということになります。実践が、実験や調査と重なる領域の研究です。
このような枠組みで考えた場合、実践的研究においては、必ずしも実践性と科学性が対立するものとなりません。「実践を通しての研究」で何らかの仮説やモデルを生成し、「実践に関する研究」でそのモデルを検証するというということも可能です。この場合、仮説生成型研究と仮説検証型研究を統合する研究を構成できます。このように「実践を通しての研究」と「実践に関する研究」を循環的に組み合わせることで、全体として実践性と科学性を統合した臨床研究を発展させることが可能となります。
そのような研究方法として、実践者と研究者が協働して統合的な実践研究を構成するアクションリサーチがあります。このような統合的な研究においては、実践者や研究者の協働ということが重要なテーマとなります。研究の在り方として基本研究となる「実践を通しての研究」と、関連研究となる「実践に関する研究」の2種があり、その両者が循環的に組み合うことで臨床心理学研究全体が構成されます。「実践を通しての研究」とは、研究者が実践を行いつつ研究する在り方です。それに対して「実践に関する研究」は、研究者が実践活動から離れ、実践活動を客観的対象として、実験や調査によって研究する在り方です。
このような枠組みで考えるならば、「実践を通しての研究」で何らかのモデルを構成し、「実践に関する研究」でそのモデルを検討し、それらを循環的に組み合わせることで新たなモデルを生成し、検証する臨床心理学研究が可能となります。
教育訓練と臨床現場をつなぐ
臨床心理学の実習の形態としては、体験学習、シミュレーション学習、観察学習、事例検討、スーパービジョン、現場研修(インターンシップ)などがあります。
「体験学習」とは、自己理解と対人関係構成といった実践活動の基礎技能を習得するために学部で行っておく実習です。体験する活動としては、プログラム活動(例:フォーカシングなどのイメージワークやエンカウンターグループなどのグループワーク)とフィールド活動(例:福祉などの社会活動のボランティア参加や心理臨床活動への見学や補助的ボランティアとしての参加)があります。
「シミュレーション学習」は、実践活動を始める準備として修士入学後に最初に行う実習です。ロールプレイや試行カウンセリングを行い、会話のプロトコルに基づく見直しを行います。「観察学習」は、上級者の実践活動(例:受付面接、家族面接、集団面接)に陪席者(記録係)、助手、コワーカー、見学者などの身分で参加し、活動の実際を直接体験し、学習します。このような「シミュレーション学習」は、面接およびアセスメントの技法を学ぶ上でたいへん重要な実習法です。
以上は事例を実際に担当する以前の実習法です。次は、事例を実際に担当した後の実習法となります。
「事例検討会」は、担当した事例の経過を複数のメンバーで検討し、ケースマネジメント(事例運営)の技能を習得するための実習です。ケースマネジメントの技法としては、単に個人に介入するだけでなく、家族や集団を対象とした介入法、あるいは地域や社会を対象とした介入法があります。
「スーパービジョン」は、事例を担当する経過のなかで上級者(スーパーバイザー)に指導を定期的に受け、事例の理解を深めるとともにケースマネジメントの技能を習得するための実習です。スーパービジョンは、実習の基本となる方法です。スーパービジョンの方法については、初心者の段階、試行錯誤と試練の段階、チャレンジとの段階成長といった発展過程を辿ることを含めてさまざまなモデルが既に提案されています。
「現場研修(インターンシップ)」は、臨床現場における実践活動に参加しての実習です。米国や英国では、現場研修が大学院での実習の中心となっています。